日向灘地震と南海トラフ地震の重大な関係性

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日向灘はむかしから大きな地震が多発する地域として有名で、近年では1996年に宮崎市で震度5弱を2度も観測しています。

今後も大地震が警戒されますが、日向灘での地震の特徴とはどんなものでしょうか。

日向灘ってどこ

日向灘は宮崎県の東の沖合に広がっている海域で、かつて江戸時代以前に宮崎県を日向国といったことから、いまも日向灘の名で呼ばれています。

宮崎県は海岸線に沿って延岡市、日向市、宮崎市などの大きな都市が並んでおり、人はもちろん鉄道・道路・住宅・商業・工業の施設が集中しています。

そのため日向灘での地震の影響を最も受けるのは、宮崎市をはじめとしたこれらの都市部となっています。

過去の日向灘での地震の傾向

日向灘で起きる大きな地震は、すべてがユーラシア大陸プレートとフィリピン海プレートの境界で引き起こされる、衝上断層型の海溝型地震です。

プレートの境界は宮崎県の海岸線と平行して存在し、地震の起こる場所は一定しておらず、宮崎県の海岸の沖合40kmから100kmの間で起こっています。

最も古くに観測されていた日向灘地震は、室町時代の『九州軍記』という書物にある「1498年日向地震」です。

九州の宮崎・大分・四国の西部に至るまで山崩れや津波が発生し、寺院や建物が崩壊するなどで死者多数と伝わっています。

地震の規模は推定されるマグニチュード7~7.5と言われています。

江戸時代にも1662年と1769年に大被害を出す地震が発生しており、専門家によるそれぞれの推定マグニチュードは7.6と7.8程度となっています。

明治時代の1899年11月25日には、推定マグニチュード7.1と6.9という、2度の大地震が発生しています。

昭和の時代以降、日向灘でのマグニチュード6.5以上の大地震は回数を増やし、10回を数えました。

平成以降になっては1996年以来大きな地震は起きていませんが、今後も警戒すべき状況は続きます。

今後に危惧される南海トラフ地震

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南海トラフとは日向灘から四国沖合を経て東海地方の伊豆半島西部まで繋がっている、海底の深い溝のことです。

この溝はフィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込んでいる一帯であり、年間で最大6センチの移動が観測されています。

南海トラフ地震と呼ばれるのは、この沈み込み帯で引き起こされる大地震の総称で、個別に言えば東海地震、東南海地震、南海地震がこれに当たります。

マグニチュード9クラスの大地震、そして死者は数十万人規模での被害が想定されています。

過去に発生した南海トラフ地震としては1707年の宝永地震があり、この時の死者は5千から2万人となっています。

日向灘地震も関係するだけに、今後も注意して情報を見ていきたいところです。

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